神楽坂の小さな割烹で、こんな場面がありました。六十二歳の男性が、初対面のお相手に、席に着いてすぐ「年収はいくらですか」と尋ねたそうです。五十八歳のお相手は、二口目のお酒を静かに置かれ、お店の方に「お水をいただけますか」とおっしゃいました。その初デートは、八十分で終わりました。
五十代、六十代の初デートには、若い頃以上に「聞き方」の礼儀が求められます。情報を集めることと、相手の品位を守ることの、微妙なバランスです。
初デートで、避けるべき質問
- 具体的な年収、貯蓄額、不動産の価値。五十代以降は誰もがこの情報を持っていますが、初対面で聞くのは無作法です。
- 元配偶者の具体的な悪口を引き出そうとする質問。「どうして離婚したんですか」を直接聞かれると、相手は必ず身構えられます。
- 「お子さんは何をしていらっしゃるの」と、職業や学歴まで踏み込む。お子さまの情報は、相手の成績表のように使われるべきではありません。
- 健康状態の具体的な病名。「持病はないですか」はまだしも、「糖尿病はないですか」「がんの経験はないですか」は、初対面では過剰です。
- 「お父さんお母さんは、まだご健在ですか」から始まる、介護の詮索。相手の重い現実を初日に掘り起こすのは避けてください。
- 「次は家に来ませんか」と、いきなり物理的距離を詰める提案。五十代以降は、最初の三回ほどは必ず公共の場所で会われるのが安全です。
- 「結婚は考えていらっしゃいますか」を、初日に聞く。将来の話は、お互いが心を開いてからです。
なぜ、これらが問題か
初日に重い質問をされると、相手は「この人は、情報を集めに来ただけだ」と感じてしまいます。初デートは、人物の審査ではなく、お互いが一緒にいて心地よいかどうかを確かめる場です。
情報はやがて、時間と共に自然に共有されます。半年、一年と関係が続けば、年収も健康状態も、お互いに話す時が必ず来ます。初日に全てを聞き出そうとする姿勢は、相手への不信感の表明でもあるのです。
代わりに、聞くべきこと
- 最近読まれた本、観られた映画、聴かれた音楽。この質問は、相手の現在の精神生活を教えてくれます。
- 週末、どんな風に時間を使っていらっしゃるか。生活のリズムが見えます。
- 好きな街、よく行かれる場所。相手の美学が自然ににじみます。
- お仕事(か最近の退職生活)の中で、好きな瞬間。職業の詳細ではなく、「どんなときに喜びを感じるか」を尋ねます。
- 最近、笑った出来事。相手のユーモアの質が、やさしく伝わります。
- 最近、挑戦されていること。新しい語学、新しい運動、新しい趣味。五十代以降の方の多くが、何か一つは始めていらっしゃいます。
沈黙を、埋めすぎない
五十代以降の初デートで、若い頃との一番大きな違いは、沈黙の扱い方です。若いときは沈黙が怖くて、次から次へと質問を重ねたものでした。しかし、五十代以降の会話では、沈黙が関係の質を作ります。
お相手が静かに何かを思い出されている間、急いで次の質問を出さないでください。お茶を一口飲む時間、窓の外を見る時間、メニューを眺める時間。これらの沈黙の中に、お相手の人間性が見えてきます。
自分のことも、聞かれる前に少しだけ開く
質問ばかりされると、相手は面接を受けている気分になります。代わりに、自分の話を先に少しずつ開かれてください。
「私は、最近、月に一度箱根に行くのが楽しみで」「先日、鎌倉の古い寺で、法話を聞いたのが印象に残っていて」。自分の話を二分話したら、「あなたはどうですか」と自然に返す。この往復が、会話を育てます。
聞いてよいが、聞き方に工夫が要る質問
先ほど避けるべきと書いた質問の中には、「時期と聞き方」を変えれば、自然に話せるものもあります。
例えば、離婚や死別については、三回目、四回目のデートで、こう切り出されるのが自然です。「もしお話しされにくいことでしたら飛ばしてくださいね。前のご結婚のこと、もしお話しいただけるなら」。この前置きがあるだけで、相手の負担が半減します。
お子さまのことも、「最近、お子さんと最後に会われたのはいつごろですか」と、情報ではなく関係性を尋ねる方が、柔らかく伝わります。
もし、相手が不適切な質問をされたら
逆に、ご自身が不適切な質問を受けられた場合、答えたくなければ答えなくてよいのです。「その話は、もう少し仲良くなってからにさせてください」と、笑顔で一言お返しされれば十分です。
大人の関係では、「答えない自由」もまた、尊重されるべきマナーです。
最後に、次のデートの前に
次の初デートの前に、こう自問してみてください。「今日、私は情報を集めに行くのか、それとも、一緒にいて心地よいかを確かめに行くのか」。
後者を選ばれるだけで、あなたの初デートは、きっと違うものになります。五十代以降の出会いは、データではなく、空気で決まるのです。